八幡大縁起

HACHIMAN-DAI-ENGI
〜四人の独唱、混声合唱とオーケストラによる民俗誌〜
〜Ethnography by 4 Vocal Soloists, Mixed Chorus & Orchestra〜
(2015)

 

[45-50 min]

 


Ⅰ: 降臨/志多羅歌(抄) Descent / Shidara-Uta (extract)


フィールドノートA ∋ 託宣α  FieldNote A ∋ Oracle α


Ⅱ: 行列/囃子 Procession / Hayashi


フィールドノートB ∋ 託宣β FieldNote B ∋ Oracle β


Ⅲ: 秘儀/陀羅尼 Ritual / Darani


フィールドノートC ∋ 託宣γ FieldNote C ∋ Oracle γ


Ⅳ: 舞踏/志多羅歌(全) Dance / Shidara-Uta (whole)

 

 

* * *

 


「八幡大縁起」上演に寄せて

〽月は笠着る 八幡種播く いざ我らは荒田開かむ


平将門・源純友の乱平定直後の天慶8(945)年7月末、八幡神の一異相・志多羅神(シダラガミ)を載せた数基の神輿が、無数の民衆によって石清水八幡宮に担ぎ込まれた…これはその時歌われたという童謡(わざうた)の冒頭です。

新作「八幡大縁起(ハチマンダイエンギ)」は、来る2016年1月31日開催の〈やわた市民音楽祭〉への委嘱作品として生まれました。原曲となったのは2010年1月〈やわた市民音楽祭〉の為の委嘱オーケストラ作品「八幡縁起(ハチマンエンギ)」。当時の条件は何らかの意味で“八幡”に由縁のある作品、とのこと。それを聞いて即座に私は、何故かずっと気に懸かっていた“志多羅神入京”の事件を想起し、まさにその舞台からの願ってもないご縁に心のざわめきを憶えつつ、演奏者はじめ作品に接する全ての人が“八幡”を巡るルーツ探求・ルート追跡の音の旅に赴く…そんな音楽の構想を抱き作曲に勤しみました。そうして迎えた「八幡縁起」初演は、藏野雅彦氏率いる八幡市民オーケストラの只ならぬ入魂の演奏により大きな反響を得ました。その成功を種として声楽入りの次作の構想が芽生え、皆様の様々な想いがじわじわと寄り集まって、この度の「八幡大縁起」実現へと繋がった、という次第です。

 

とは言え「八幡大縁起」は、前作の単なる続編や拡大版ではありません。四人の独唱と混声合唱の“声”を通して「八幡縁起」の腹中に潜り込み、あらかじめ隠されていた歌と言葉を解き明かすと共に、原曲の流れを中断・浸食・歪曲し遂には簒奪(さんだつ)するに至る新たな場面を導入、神と民との烈しい相克が展開されます。“民俗誌”という副題の通り、作曲者自身の更なる踏査に基づきつつ、各地の“八幡”に纏わる祭礼の囃子や所作、廃絶した儀式の咒言と陀羅尼、古文書に眠る失われた歌に息を吹き込んで、九州から東北へと列島を縦断する八幡神の壮大な縁起世界を、私たちのものとして、今ここに生き生きと蘇らせようという企てです。


*   * *


吾が列島に夥しく祀られる八幡神は、最も身近で親しみ深い存在であると同時に、驚くべき多面性を備えた、実に謎めいた神です。始めは山上に神々しく降臨する“磐神(イワガミ)”、或いは南の隼人(はやと)・北の蝦夷(ゑみし)を無残に制圧する“軍神(イクサガミ)”、時として奢れる権力者をも呪い殺す“祟神(タタリガミ)”、竟には鎮守の杜に根を下ろし村々の豊饒を約束する“福神(フクノカミ)”。遥か古(いにしえ)に彼方より渡来し、九州・宇佐にて“八幡”を名乗り、土着の神と民を呑んでは融通無碍に変身を遂げつつ、果ては“大菩薩”とも成って、石清水を起点に列島の至る処へと浸透していったその姿は、善くも悪くも「日本」と「日本人」そのもの、であるかも知れません。

「八幡大縁起」は、謎の神“八幡”の遥かな来歴と足跡を辿る、音による空想民俗誌。曲は、変貌する八幡神の異相=磐神/軍神/祟神/福神に準えた四楽章が、奇しき“託宣”を入れ籠とする“フィールドノート”という名の三つの間奏曲によって結ばれます。空想と現実の境を行き来するそれら七つの部分は、連綿と繰広げられる絵巻の如く、全て切れ目なしに演奏されます。


遠く深く耳を澄ませると、宇佐・放生会(ほうじょうえ)の行列と秘儀や傀儡子(くぐつ)の囃子が、国東(くにさき)・六郷満山(ろくごうまんざん)の嶺入りの法螺(ほら)が、奈良・春日若宮の幽玄なる細男(せいのお)の古舞が、石清水祭の荘厳な舞楽や高良社の饒々(にぎにぎ)しい太鼓が、鎌倉・鶴岡の凛々しい流鏑馬(やぶさめ)の弓音が、厳冬に凍てつく陸奥・胆沢(いさわ)の蘇民祭(そみんさい)の荒々しい鬨(とき)と清々しい神歌(かみうた)が、谺(こだま)しているかも知れません。


古(いにしえ)と今とを結ぶ、私たちの新たなる生命讃歌、その誕生の瞬間を、一人でも多くの皆様と共にすることを希っております。

 

[委嘱]

 

八幡市文化協会

 


[編成]

 

4 Vocal Soloists

(S/A/T/B)

 

Mixed Chorus

(S/A/T/B)


Picc.2/Fl.2/Ob.2/C-A/E♭-Cl/Cl.2/Bs-Cl/Bsn.2/C-Bsn
Hrn.6/Tpt.4/Tbn.3/Bs-Tba
Timp/Perc.4/Xyl[=Gls]
Hrp/Pf
Strings{14/12/10/8/6}



[演奏記録]

2016年1月31日 京都府八幡市 八幡市文化センター大ホール

Cond:藏野雅彦 Orch:八幡市民オーケストラ

S:吉川真澄 A:橋爪万里子 T:大槻孝志 B:片桐直樹

Cho:やわた市民音楽祭「八幡大縁起」合唱団

 

 

(C)HIRANO Ichiro 2015