あめのかよひ路

〜廿五絃の為の廿五段〜

 

 

 

本作は箏曲家・花岡操聖さんの委嘱に応え作曲した。当方としては「天探女(サグメ)」(2012/横山佳世子さん委嘱)に続く二作目の二十五絃箏曲である。師・野坂操壽さんへの想いの籠ったリサイタルの最後の演目に2020年秋にご依頼を受け、2021年夏に完成した。花岡さんが打ち合わせに京都・太秦の拙宅へお越しになるその朝、天上から水底へ届く25の絃の連なりがするすると梯子のように降りて来て、その調べの中空に、不思議に無垢な鼻唄の断片が雲のように浮かんだ。

 

 

 

野坂操壽さんに初めてお目にかかったのは確か2000年の頃、京都に建ったばかりの日本音楽の研究所にて。当時私は作曲家として本格始動する直前で亡き師匠の名なし徒弟の身だったから、野坂さんにそのご記憶はなかったはず。でもそのお蔭で二十五絃箏草創期のとある名曲の着想から初演に至る過程を垣間視ることが出来た。時を隔てた2016年、アンサンブルノマド定期#56での拙作「龍を踏む者」の初演会場にて、ようやく一人前の作曲家として紹介され再会を果たした。それから折に触れお手紙のやりとりが続き、2018年国立劇場での「胡絃乱聲(こげんらんじょう)」初演を会場で聴いて頂いた直後に思いがけずお電話を貰い、60周年記念の森の会定期演奏会への委嘱のご縁を頂いた。「とこよのはる」上演に向けては発想の時点からその世界観を縷々お話しし、2019年作品完成後には「まずはお祝いをしなくちゃね!」とお誘いくださり代官山でお食事をご一緒させていただいた。その時ご本人はあまり召し上がらず少し気がかりだったが、その日の検査で入院が決まった、と後から伺った。ご闘病のさなかも全ての練習の録音を聴いてご助言を下さり徹底的に心を配って下さったが、ついに現場に立ち会って頂く事は叶わず、初演直後にお見舞いに伺ったのが現世で目見えた最後となった。思い返せば面と向かってお会いしたのはわずか数日、延べ十二時間にも満たないが、何もかも忘れて無心に語らえるその全てが琥珀色の光に包まれた幸せな時間だった。訃報の衝撃と別れの悲しみは私の心に深く突き刺さり、今も癒し難く疼いている。

 

 

 

そうして生まれてきたのは廿五絃の為の廿五段。常世の渚から天空の星のカテドラルへと架かる天の浮き橋を昇り渡る魂の旅。仄かに明るい光の中、浪/舟/泡/道/雨/声といった相異なる楽想の系譜が現れては消え、はじめはおずおずと、しだいに重なり縺れながら、ゆるやかな螺旋を描いて25の階梯を上ってゆく。淡淡と、蓮蓮と、滔滔とつらなる紆余曲折の長い永い持続の裡に、衒いなくしずかに神佛基が結ばれる、本邦流の天路歴程である。

 


 

[委嘱]

 

花岡 操聖

 

 

[初演]

 

2021年11月8日 東京都 紀尾井小ホール 二十五絃箏:花岡操聖